イギリスのセルフビルド住宅

ものつくり大学建設技能工芸学科 教授
英国サセックス大学科学技術政策研究所 客員研究員
岩下繁昭





 この瞬間に日本で素人が自宅を自らの手で作っている人は、100人もいないだろう。夏に向かって日が長くなり10時ごろまでは明るいイギリスでは、数千人といった人が住まい作りを行っているはずである。人口24万人ほどのブライトン市で30人はセルフビルドで家作りをしているのを見かけることができるので、イギリスの人口はその200倍なので数千人いてもおかしくはない。
イギリスでは1970年後半からセルフビルドが盛んに行われている。セルフビルドがこれほどまでに盛んになったのは、一般の住宅建設コストより20〜30%安く住宅を手に入れることができるからである。現在イギリスでは年間15,000戸程の住宅がセルフビルドで建設されており、新築住宅の10%に相当している。
 日本のセルフビルドと大きく違うのは、まず一人ではなくグループで行うことである。グループを結成し敷地を探し、メンバーで一緒に住宅を建設する。とはいっても全てを一緒につくるわけではない。多くの人手を要する骨組みの建て方を除いて、ほとんどの作業はそれぞれの家族ごとに行われる。
一人であるいは一家族だけで1年半といった長期にわたってセルフビルドで住宅を建設するには、かなりの忍耐力が必要で、途中でいやになってしまうこともある。しかしグループの場合たとえやる気が無くなった時でも、他人の頑張っている姿を見ることによって、再びやる気を出すことができる。
 さらにこうしたグループを支援する会社、トレーニングや現場管理をするサービス、セルフビルドを専門にしたローンサービスを行う会社、設計コンサルを行う設計事務所などがあることである。このようにイギリスのセルフビルドは、極めて組織的に確立されたもので、住宅そのものも建築許可を受けている。はたして日本でセルフビルドを行った場合、住宅金融公庫や銀行などの融資を受けることができるのだろうか。

1.セルフビルダーによる建設作業




 多くのセルフビルダーのグループでは、全てのメンバーが、男性だけでなく女性も子供達まで住宅建設作業を手伝っている。人によっても違うが夕方(とはいっても夏のイギリスは10時頃まで明るいので、会社が終わった後に作業するにも十分な時間がある。)や週末が彼らの作業時間となっている。セルフビルダーにとって自信のない部分は、サブコンを雇うことができるが、敷地の排水管の施工まで含めほとんどの作業をセルフビルドで行ってしまう。しかし一般に多く用いられているセルフビルド構法の開発者である建築家ウォルター・シーガル卿の主張に基づいて少なくとも屋根工事だけは、サブコンに依頼している。彼は屋根の防水を確実にするために、防水工事は専門職に任せるべきであると考えた。
 セルフビルダー協会は、法的な理由からセルフビルダーのグループが全国住宅協会連盟に登録することを勧めている。連盟のセルフビルダーに関しての規則に基づいて、グループによっても異なるが、あるグループの場合、電動工具などを購入するために1週間に1ポンドづつメンバーは共同基金に寄付をしている。しかし連盟のすべての規則をそれぞれのグループが受け入れる必要はない。
 また彼らは月に何日作業しなければならないといった取り決めはないし、予定した日にこなかったからといって、罰金を課せられることもない。それぞれの家族は、自分自身の家を作ることに責任があり、他人とは関係なく自分自身のペースで作業を進めることができる。しかし排水管の施工や、構造部材の建て方、重量物の運搬などは一緒に作業を行うこともある。
 とはいってもセルフビルダー同志は、建設作業の間中、自由にアイデアを交換したり、互いの工具を貸し借りしたり、難しい作業を手伝ったりして、結構共同作業を行っているといった連帯感を感じることができる。実際多くの現場で自発的に他人の作業を手伝っている光景を見ることができる。
 メンバーには20代から60代まで広範囲の年齢層が含まれているが、こうしたセルフビルド住宅建設の能力は、年齢にあまり関係ないことが、多くのセルフビルドの現場で実証されている。メンバーの中の一人が以前に配管工であったといった経験が役立つことはあるが、そうしたセルフビルダーのグループでもメンバーに住宅建設技能者が必要であるとは考えていないようである。セルフビルダーの多くは住宅建設に関しての技能を持っておらず、現場で実際に作業をしながら学んでいくのである。
 メンバーの忍耐力と全面的参加があり、さらに政府や地方行政庁の財政的支援が得られれば、セルフビルドは難しくないとセルフビルダーを経験したメンバーは考えている。イギリスの消費税は17.5%であるが、めでたくセルフビルド住宅が完成した暁には、建材などに課せられた消費税が還付されるといった助成政策も行われている。
また一般の建設現場では、女性や子供達が男性と一緒に働くことにはさまざまな抵抗があるが、セルフビルド構法として一般に採用されているウォルター・システムでは、女性や子供も参加できるような工法的工夫がなされている。

2.セルフビルド住宅の建設プロセス




 セルフビルダーは、まずグループの組織化が行われ、住宅協会などに登録が行われる。敷地の割当と必要な場合には、建設作業のトレーニングも行われる。さらに現場作業の工程計画、現場監督、サブコンとの契約がなされる。そしていよいよ材料が搬入され現場での建設が始まる。
 標準的なプロセスは、大きく次の7つのステージに分けられる。
ステージ1:はじめ
 メンバーの検討、外部協力者の検討(建築家、スーパーバイザーなど)、敷地の検討(場所、価格など)、予算の決定、設計条件の検討、使用する建材の検討、必要な許認可の確認などを行う。
ステージ2:概要案作成
 セルフビルド組織形態の決定、専門アドバイザーとの打ち合せ、敷地調査と選定、トータルコストの概算見積と融資の比較、概略設計とコストプラン、建設構法の検討、行政当局と事前打ち合せなどを行う。
ステージ3:計画策定
セルフビルド組織の設立と登録、基本設計、敷地調査、コスト積算と融資の確認、レイアウト案の比較、材料選定などを行う。
ステージ4:詳細計画
配置計画、施工トレーニング、詳細設計、敷地取得、ローン契約、コストの修正、施工スケジュールの検討、建築許可申請などを行う。
ステージ5:プロジェクト計画
作業計画作成、スーパーバイザーとの打ち合せ、サブコンとの交渉、現場用電気給水の手配、中間払い費用の手配、材料発注などを行う。
ステージ6:現場施工
進入道路施工、敷地整備、材料の配送、ストック、施工、中間検査などを行う。
ステージ7:完成
竣工検査、開発組織を解散し維持管理組織への再編、費用の精算と付加価値税の還付、竣工図作成、工具や余剰資材の販売などを行う。


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セルフビルド作業


敷地境界線設定
メーター類設置
現場事務所設置


地縄張り
基礎工事


建て方
枠組み工事


ジョイントと筋かい工事


鼻隠し板工事

屋根野地板工事

ルーフドレイン工事
防水押え土盛り工事
1階配管工事

1階床工事

外壁下地工事


外壁仕上げ材工事


外部ドア窓枠工事



外部ドア工事

外部窓工事

1階配線工事
1階間仕切工事



内部建具枠工事

2階配管工事


天井仕上げ工事


2階配線工事

排水管、電話配管
給水接続工事


キッチン浴室工事



階段工事


内部建具工事

収納棚・家具工事

ベランダ工事


床仕上げ工事
通路・カースペース工事

フェンス工事
外注作業

道路、舗石、排水幹線工事





工事用仮設電力・水道工事

建築中間検査


建築中間検査








屋根防水工事
















建具・二重ガラス採寸、製作













ガス配管検査、本管接続




電気配線検査、幹線接続



給排水管検査、本管接続















電話接続工事
道路舗装工事
3.セルフビルド住宅の構法


 ウォルター・シーガル卿によるセルフビルド住宅構法は、木造軸組によるものでその建て方作業には、ほとんど専門技能を必要としない。ジョイントも相欠き程度の単純なもので、のこぎりとドリルを使うだけで組み立てることができる。しかし多様性を確保するため軸組材料はプレカットされていないので、正確な寸法取りと直角を出すことは必要である。
基礎はコンクリート製の60cm×60cm、深さ100cm程の角柱の独立基礎を用いており、柱はこの基礎の上に乗せられているだけで、特に緊結固定はされていない。
 柱は50mm×175mmで、その両側を50mm×200mmの2本の梁で挟んでボルト締で留めている。梁の上に50mm×150mmの桁(ジョイスト)を600mm間隔で並べ金物で桁相互および直交する桁を留めている。基本的にはここまではただ材を正確に切るだけである。筋かいは柱にボルト留めであるが、相互は相欠きでギャグネイルで留めている。筋かいの施工にはやや技能が必要である。
 外壁はまず内側にプラスターボードが張られ、その外側に木毛繊維板が張られ、さらにスペーサーを打ち通気層を設け、外部仕上げとしてグラサル(化粧特殊セメント板)が張られ、ジョイナーの木材が目地の部分にボルト締めされる。手間はかかるが乾式工法なのでそれほどの技能は必要とされない。
 床は天井仕上げとしてプラスターボードを桁(ジョイスト)に押し縁材を使って留める。最下階の場合さらにその上に断熱材として発泡スチロールを乗せる。さらに桁の上にフローリング材を敷き詰め床ができあがる。屋根の場合、フローリングの代わりにデッキ材が張られ、その上にシート防水が行われる。防水押えとして土が盛られ芝生の種が蒔かれる。1カ月もすると芝生が生えて数センチにもなり茶色だった屋根が緑に変わる。
 間仕切壁は桁の間隔と同様600mmモジュールで、50mmの木毛繊維板の両面にプラスターボードが張られ、水回りなどではさらにその上にグラサルが張られる。600mmのボードの目地は幅100mmの小割板の当て木が木ネジ締めされる。インテリアとしてはちょうど600mm間隔に化粧柱が出てくることになる。この当て木にはコンセントやスイッチの取付も可能である。

4.標準的な建設コス



一般工法の住宅のコストもさまざまであるようにセルフビルド住宅の場合のコストも標準的なものがあるわけではない。それらは建設場所、住宅規模、間取り、設備仕様、セルフビルド参加の程度などによって違っている。そこで20戸のセルフビルド住宅を建設する場合の、1戸分の理論的なコストを次に示すことにする。(1ポンド=180円で換算している。)これは僕がイギリスでセルフビルド住宅を研究していた当時(10年程前)のデータである。土地を含めたイギリスの住宅価格はこの20年間で8倍以上になっているので、あくまでもコストの内訳の参考ということで紹介することにした。

グループ一般経費
住宅協会登録費
土地購入費
測量費
土地取得税・登記費
計画申請費
建築確認申請費
建築設計費・積算費
会計士費用(2年間分)
小計(現場作業前分)
保険料
工具費・機械賃料
現場用給水・電力費
現場監督費
材料費
給水本管接続工事費
電気引き込み工事費
下水本管接続工事費
サブコン外注費
小計(現場作業分)
合計
ポンド
50
25
40、000
20
1、000
75
400
3、200
300
45、070
150
800
100
300
25、000
200
180
200
6、000
32、930
78、000

9,000
4,500
7,200,000
3,600
180,000
13,500
72,000
576,000
54,000
8,112,600
27,000
144,000
18,000
54,000
4,500,000
36,000
32,400
6,000
1,080,000
5,927,400
14,040,000
参考文献:
*1 the self-build book/Jon Broome & Braian Richardson/Green books/1991
*2 Do-it yourself vernacular/AJ 17 December 1980
*3 The ultimate DIY project
BBC NEWS http://news.co.uk/2/hi/programes/working_lunch/1542368.stm