バイオスフィア2
バイオスフィア2は、いわばミニ地球で、太陽系でただ一つの生物圏である地球をバイオスフィアTと位置づけ、そのミニ版ということでバイオスフィアUと名付けられた。この実験には二つの期待がある。
一つは地球環境保護である。環境破壊が問題となっているが環境破壊を抑える手段が将来開発されても、バイオスフィア1である地球を使っての実験は問題である。そこでバイオスフィア2などミニ地球で実験することによって、地球環境対策の具体策が生むことができるというわけである。
第二の期待は月面などでの恒久的な宇宙基地建設の技術開発にある。月面に地球を模した生態系を人工的に作ることにより、長期間または永久に人間が、自給自足で地球からの資材、食品の補給なしに宇宙に住むことを可能にする施設が、最も効率的な地球外居住施設となるからである。
これは完全閉鎖生態系生命維持施設と呼ばれるもので、この中でエネルギー、食料などのインプットとアウトプットが完全にバランスをとることができる環境を持った施設である。将来この地球に住むのか月面に住むのかはともかくとして、21世紀の住まいに役立つ実験がここで行われている。
後楽園ドームの4分の1ほどの地球
バイオスフィア2は床面積が約1万平方メートルで、約14万立方メートルの大きさである。規模としては後楽園ドームの1/4程の大きさである。テキサスの石油大富豪エドワード・バス氏が3000万ドルの資金提供を行ってこの実験は実現した。
全体は図の左上にある居住ゾーンと、その下の集中農業ゾーン、さらに右上の熱帯雨林ゾーン、ここから左下に下ってきて海洋ゾーン、サバンナゾーン、湿地ゾーン、砂漠ゾーンの5つの自然生態ゾーンに分けられている。
居住ゾーン
ドーム状の居住ゾーンは5階建てで、生活する8人の研究者のアパートと実験室、情報施設、作業場、図書館、娯楽スペースなどの施設が用意されている。
集中農業ゾーン
居住ゾーンのすぐ南にガラスボールト天井の連なった集中農業ゾーンがある。食用の穀物、野菜、果物などが栽培されている。この植物作物エリアの裏側には、ヤギ、ニワトリ、ウサギ、魚などを育てる畜産、養殖エリアがある。
食物の生産はアジア的農業が適しているようである。稲は麦に比べ食べるまでの工程が少なくてすむし、水田で稲を育てながら鯉を養殖することも可能である。サツマイモもバイオスフィア2では栽培されている。人間の排泄物もアジアでそうしているように、肥料や魚の餌として利用される。
熱帯雨林ゾーン
バイオスフィア2の建物で最も高い屋根を持つゾーンは、北東にある熱帯雨林ゾーンである。ほぼ24メートルの天井高で1858平方メートルの床面積になっている。熱帯雨林ゾーンの中央には山があり、山から流れる小川は滝へとつながり、隣のサバンナゾーンに流れ込む。さらに淡水と塩水からなら湿地ゾーン、マリンゾーンと流れてゆく。
この熱帯雨林には300種類以上の植物が茂っており、ココア、バニラ、コーヒー、スパイスなどを収穫し、ロープやバスケットなどを作るための繊維や、薬品などを手に入れることができる。
マリンゾーン
マリンゾーンは海を想定したものであるが、海水は最も深い場所で10メートルほどある。この北の端には熱帯サンゴ礁生態系がある。サンゴ礁の生態系維持に必要な波は人工造波装置で機械的に発生させている。湿地ゾーンの地下には日の当たらない暗いマリンゾーンが設けられている。
カリブ海のサンゴ礁をモデルにしており、ここにはサンゴ、ヒトデ、熱帯魚など1000種類以上の海洋生物が生息している。
湿地ゾーン
フロリダの大低湿地区から移植された多様な植物群落からなっている。ここには昆虫、カエル、カメ、カニなどさまざまな水生の小動物が生息している。
砂漠ゾーン
バジャカリフォルニアの海岸に近い霧の発生する砂漠地帯をモデルにしている。高湿度、小雨に適応するさまざまな動植物が砂漠の中の小川や小さな水たまりなどで生息している。
バイオスフィアとは
またバイオスフィア2の実験のコンセプトを提案したのは、イギリスのエコテクニックス研究所のマーク・ネルソン博士で、1969年から閉鎖生態系に関する資料収集を開始して、温室とは異なった現在のバイオスフィア2の概念を組み立てた。
1984年、スペース・バイオスフィア・ベンチャーズ(SBV)がアメリカに設立された。米航空宇宙局(NASA)、スミソニアン研究所、アリゾナ大学などがこの計画に協力している。1986年から現場での工事が始まり翌年には施設の建設が着工された。1991年10月から約2年間のまず第1回の実験が行われ研究者8人が外界から隔離されて住み込んでいる。
8人は男女4ずつで、アメリカ人4人、イギリス2人、ドイツ、ベルギー各1人となっている。うち女性1人は閉鎖実験開始後すぐに脱穀作業中に指を切断し、手術のため一旦外部に出たが、再び元気に戻っている。こうした非常事態に備え、実験ドームは外との出入りのため何重ものエアチャンバー室が設けられており、閉鎖実験に支障がないよう工夫されている。
このミニ地球には世界各地の3800種類の植物が栽培され、250種類の虫や小動物が生息する。水深8mの海には海水が運び込まれ珊瑚礁や魚も入れられている。
太陽光と電力だけが外部から供給され、空気や水もミニ地球の循環で8人の研究者は外界から遮断され、穀物や野菜、果物、コーヒーなどを栽培し、ニワトリ、ウサギなどを飼育し、川や海で魚をとって暮らす自給自足の生活を始めている。
生物圏学の研究にも寄与
しかしバイオスフィア2の環境に植物や動物は耐えられても、知的生物である8人の男女は予定の2年間、はたして最後まで耐えられるか、ここは人間にとって逃げ場のない世界なのである。また予定どうり植物連鎖システムが働くかどうかも心配である。さらにリンやカルシウム、カリウムなど再循環しないものの処理方法も未解決のままである。
そのためバイオスフィア2内部には2500個の環境センサーが取り付けられ、外部のコンピュータセンターと結ばれており、この人工環境の微妙なバランスをいかにとるかの監視が行われている。
実際の地球と違って、ここは四季のない夏だけの世界でもある。植物が予想外に発育すると二酸化炭素が不足するかも知れない。また害虫駆除に失敗して、畑や森林が消滅するかも知れない。
第1回の実験では酸素が予想通りには作れなかった。確かに植物は昼間は二酸化炭素を吸収し酸素を発生させるが、夜になると植物は酸素を吸収してしまう。ちょうど睡眠時間の長い人と同様、働きの悪い植物もいるが、逆に夜間の吸収よりは昼間の生成量が多い植物もいる。
この実験は科学的な実験というよりは、すぐにでもビジネス展開可能な実用的な実験である。また宇宙空間での居住実験にしては規模が大きすぎるといった批判もある。
しかし南極越冬隊の基地建設技術が住宅建設技術に応用されたように、こうした極限環境での居住実験は、より快適な居住環境を生み出す知識をわれわれに提供してくれるにちがいない。